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早い印鑑

中堅クラスの行員に集まってもらうディスカッションの場を持ちました。 意見があったらどんどんメールをよこせ、それにはすべて回答するという方式にした。
間で終わらせる。 代わりに、朝食会や昼食会の形で、各地の拠点長咽〜別人ぐらいに集まってもらうようにして、全国を回って生の声を聞きました。
このような現場の第一線にいる中堅社員や、直接お客さんと接している支店長の意見というのは、非常に重要です。 たとえば、私がビジネスセレクトローンという中小企業向けの無担保ローンをやろうと思ったのは、京浜工業地帯の中にある支店を訪問したとき、支店長から、「今、1000万円の資金があればこれだけの仕事ができるという中小企業があります。
これだけの利益が見込めるから、少々金利が高くてもかまわない。 そのような企業にとっては、すぐに貸してもらえるということが、ありがたいのです」という話を聞いたのがきっかけでした。
私が考えついて、下の人に商品開発を命じたわけではない。 ビジネスセレクトローンの開発に関しては、開発担当の中堅・若手社員がほんとうによくがんばってくれました。
この商品には、当時の金融界ではどこもやっていなかったようなアイディアが数多く盛り込まれています。 開発チームが次々と新しい提案をしてくれたので、私も積極的にそれらを採用したのです。
よくマスコミで言われるようなトップダウンではなく、あくまで私流、あえて言えば、現場主義のリーダーシップということです。 反発にひるまず、失敗を恐れず。

そうです。 S銀行においてはもちろん、邦銀全体でも初めてのことでした。
従来の支店を個人のお客さんを担当する支店と法人担当の法人部に分けようと考えたのは、それぞれの専門性を追求することで、今まで以上にお客さんの支持を得るのがねらいでした。 中でも、個人部門を経営の大きな柱に育てたかった。
そこで、米国シティバンクの個人部門のリーダーだった方を、個人部門担当の常務取締役として迎えました。 外部から役員を迎えるのも、S銀行では初めてのことでした。
折から銀行の窓口で投資信託を販売することが解禁され、個人部門の士気は大変高まりました。 部門損益は2年ほどで黒字に転換しました。
銀行には長年にわたる、法人取引偏重のカルチャーがありました。 そのため、個人部門重視の方針を打ち出したときも、一部から無言の反発を受けましたが、私はそこで引かなかった。
私が頭取を退任する頃には、個人部門は年間1000億円を上回る収益部門に成長していましたが、これも、失敗を恐れず、将来を見据えて挑戦した成果だと思います。 ここからは、2006年1月より日本郵政株式会社の社長として、2007年4月からは日本郵政公社の総裁を兼務して、私がどのようなことを考えながら民営化の準備にあたってきたのか、日本郵政グループとして今後、何を目指していくのかについて、お話ししたいと思います。
民営化によって郵便局はどうなるのか、郵貯や簡保はどうなるのかについては、テレビ・新聞・雑誌などのメディアを通じて広報活動を行なってきました。 それに加えて、私たちの挑戦の一端をお話しすることで、明治期以来130年以上の歴史を有する郵政事業をなぜ民営化する必要があったのか、そもそも民営化とはどういうことなのかについて、みなさまが理解と共感をお持ちくださればと思っています。
財界のある方に日本郵政社長就任をお引き受けするという意向を伝えたあとは、2月4日に、T総務大臣(当時)とお目にかかって、あらためてお返事をし、1週間後に段取りになりました。 記者会見までは1週間ほどしかないという状況で、その問、会見で何を言おうかなといろいろ考えました。
何とかポイントだけでも頭に入れておこうと郵政民営化関連法をパラパラと拾い読みしたりしていました。 今さら格好をつけても仕方ありませんので、正直に申し上げますと、郵便貯金については、銀行と関係が深いので、いろいろと関心を持っていましたが、郵便事業や簡保がどういう状態なのかは、それまでほとんど関心を持っていませんでした。

新聞等にいろいろ報道はされていたのだろうけれども、まったく知らなかったと言ってもいいほどです。 私はお話ししたように、銀行の支店などもない、奈良の田舎で育ちましたので、子どもの頃、郵便局の人たちが働く姿はよく目にしていました。
郵便配達の人は、雨の日でも風の日でも自転車に乗って配達している。 その姿を見て、「大変な仕事だな」と感じてはいました。
あまり、強い意識を持ったわけではありませんが、あえて言えば、これが郵便事業に関する私の原体験と言えるでしょう。 また、郵便局が公社化されてからのことだと思うのですが、休日に、局に留め置かれている郵便物を引き取りに行くときなど、ある頃から気がついたことがありました。
窓口で働く人たちがだんだん親切になってきたということです。 銀行では年に2回、全国の支店長を集めた支店長会議を開催します。
あるとき、私は支店長たちに「君たち、郵便局がどれほどお客さんに親切になっているか、分かっているか、知っているか」と尋ねたことがありました。 「どこの支店でも、お客さんに親切に対応するということを『顧客志向』などと大上段に気取って言っているけれども、その中身が何かをよくよく考えたことがあるのか。

自分で郵便局に行って勉強して、一番親切な銀行だと言われるようになれ」と尻を叩いたこともありました。 それほど、郵便局はお客さんに親切になっていたのです。
また、これも今となっては不思議な巡り合わせだと思うのですが、私はかなり前から、趣味で切手を集めていました。 もう十数年前になるでしょうか。
局留めにされた郵便物を取りに行った際、その郵便局のロビーで、たまたま切手の展示即売会をやっているのが目に入ったのです。 「切手というのはきれいなものだな」と思い、その場で何点か買い、その後も、折に触れていいなと思う切手を買っていたら、いつのまにか、随分と集まりました。
といっても、本格的なコレクターではないので、売り出しているすべての切手を持っているわけではありません。 また、アルバムに入れて整理するということもなく、ほとんど買ったままの状態で、家に積んであります。
ただ、手紙やはがきを出すときに、季節に合った切手を選んだり、話題性のある切手を選んで貼ったりするのは、ちょっと楽しいものです。 出張などで全国各地に行くと、絵葉書をよく買ってきて、そこに好きな切手を貼って出すこともあります。
なぜ絵葉書かと言えば、文章を書く欄が小さくて、一言、一一言書いて簡単に出せるからで、決して筆まめというわけではありません。 それでも手紙やはがきのやりとりは、人の心のぬくもりが感じられて、好きなのです。
なぜもっと早く手を打たなかったのかこのように、私の郵便局との付き合いは、日本人としてごく平均的なものでした。 ち替わり、分厚い資料を持って、事業の説明に来てくれました。
当面の仕事場は、日本郵政公社の本社ピルから数百メートル離れたところにあるビルでした。 郵政事業の内情を知るにつれ、「なかなか容易なことではない。
トントン拍子でいけるものではないな」という実感を持つようになりました。

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